あわ(泡)の脱走の思い出

query_builder 2026/08/25


 夏のお盆過ぎになると思い出すこと、それは「あわ(泡)」の脱走の話です。

 我が家では5リットル位のプラスチック水槽に、何年かにわたってカブトムシを飼っていました。クヌギマットを半分くらいの高さまで敷き詰めて、卵から幼虫、さなぎを経て成虫に至るまでそこで飼育し、産卵をさせます。2サイクルほどで途絶えてしまいましたが、娘たちも結構関心を示しており、餌やりや水スプレーをこまめにしていたものです。

 カブトムシが途絶えた後、しばらく放置されていた水槽の中には、長いあいだカブトムシが暮らしていたクヌギマットがたっぷり入っていました。残ったマットには、幼虫の食べ残しや糞、朽ちた木のかけらなどが混じり、森の土のような、少し湿った独特の匂いがしていました。

 さらに数日後、水槽の前を通りかかった娘がマットの表面に、何やら奇妙なものが現れているのを発見し、知らせにきました。奇妙なものとは、白っぽい小さなすじが、まるで細い糸のように広がっていて、中心部はきめの細かな泡の、直径2-3センチほどの塊のように見えるものでした。カビが生えたのだと思い、明日にでも処分しようと考えました。

 しかし夜になって、娘が「あのあわ、動いている」と言いに来たのです。まさかと思って見に行きましたが、私には動いているようには見えませんでした。「本当に動いてるの?」と問うと、「さっきとは位置が違う」との答え。確かに少し形が変わったようにも見えましたが、判然としませんでした。ちょっと形が変わったのかもね、とか言ってごまかし、その日はそのままにして寝かせました。

 そして翌朝、「あわが逃げようとしている!」と娘が寝室に飛び込んできました。何を言っているんだと思いつつ見に行くと、なんと、水槽の上にかぶせてある緑色のプラスチックでできている網目構造のふたに、泡が取り付いているところだったのです。それは明らかにクヌギマットから水槽の内側の壁をよじ登って、ふたの網目の隙間から三分の一ほど外にしみ出ている様子、どう見ても水槽からあわが逃げ出そうとしているとしか見えない状況でした。「なんじゃこりゃあ?」といいつつ、あわてて水槽ごと庭に運び出し、そのまま放置しました。

 あの時は動くあわの正体がわかっておらず、薄気味悪くて恐ろしくもあり、とにかく遠ざけたかったのですが、実はそこにいたのは、細胞性粘菌でした。

 細胞性粘菌は、普段は一個一個の目に見えないほどの小さな細胞として生活しています。しかし、環境が変化すると、それらの細胞が集まり、まるで一つの大きな生き物のように行動することがあるのです。つまり、このクヌギマットの中には、細胞性粘菌にとって魅力的な微生物や有機物がたくさん存在していました。ところが、放置されて周囲の環境にある栄養や水分などの条件が変化したため、それに反応し、細胞が集団移動し始めたということだった訳です。

 当時は細胞性粘菌についてまったく知識がなく、本当に奇妙な空恐ろしい泡に思えたものですが、いざ知ってみると、単細胞生物と多細胞生物の中間的存在として非常に興味深い生物だと思います。あの時の粘菌も、あの後でさらに変態し、胞子を放出してよりよい環境へ移り住めてたらいいなあと、毎年お盆過ぎに思い出すたびに偲んでいる次第です。



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